チベット大蔵経

チベット大蔵経

 6世紀に仏教がインドからチベットに伝えられて以来、チベットには 経典、仏像、仏画などの膨大な仏教文化が守られてきました。チベットに伝わった経典は、国家事業としてカンギュール(経典部)とテンギュール(論釈部)の チベット大蔵経として、約五千数百巻に翻訳され、その後チベット仏教の発展に哲学的な深みを与えてきました。それと共に仏典儀軌に基づいた仏像仏画の芸術 は、だれもの心の中に光を投げかけ、帰依の心を呼び起こす働きをもたらしてきました。仏教伝播の歴史はそのまま、時代時代の仏教徒の多大な帰依と努力の積 み重ねでもあったのです。

 しかし、1959年、チベットは中国共産軍の侵攻を受け、ほとんど の僧院が破壊され、経典は焼き捨てられるという「破仏」が行われ、膨大な経典類は散逸してしまいました。現在でも、チベットの寺院にはほとんど経典が残っ ておらず、僧侶たちにとっては、仏道修行をすることさえも厳しい状況になっています。


 1969年、アメリカに亡命したタルタン・トゥルク・リンポチェは、カリフォルニア州パークリー市に瞑想センター、出版社、印刷所を設立し、75年には西洋に仏教の基盤を築きたいという誓願をたて、彼の弟子たちと共に国際仏教センターをめざすオディヤン寺院プロジェクトを進めてきました。
中でも、彼は危機的な状況にあるチベット仏教経典という歴史的遺産を保存する目的で、80年にチベット大蔵経典の復刻版の開版をめざし、所蔵者をリサー チし、世界中に散逸した膨大な経典類を収集し、これら五千数百巻の経典を120巻の西洋本装丁にまとめ、ニンマ版大蔵経として開版することを成し遂げまし た。その中には数百点に及ぶ仏陀や菩薩、曼陀羅など貴重な
チベット仏画が収められています。特に仏画は意識の深いレベルに働きかけて精神の解放をもたらす力があると言われています。

 現在ではニンマ版大蔵経は世界各国の仏教研究所や大学に、また日本 でも東京大学、京都大学、高野山大学、大谷大学、早稲田大学など十八の大学に所蔵されています。チベット大蔵経は、現在は消滅してしまったインド仏教のサ ンスクリット語原典がそのまま正確に訳出されたものとして注目され、また中国や韓国、日本に伝わった大蔵経には含まれていない後期タントラ密教経典や膨大 な論釈書を所蔵しており、仏教研究には欠かせない至宝の書物とされています。


蔵外経典の開版

 1995年には、大蔵経には含まれていない、古タントラ、仏説、埋蔵経典、そして6世紀から現代までのニンマ派、カギュ一派、サキャ派、ゲルク派の全てのラマ僧の著作を800巻にまとめる、「チベット蔵外経典」の開版事 業に取り掛かかり、その歴史的な事業が成し遂げられました。これによってチベット仏教の書物はすべて開版されたことになります。
しかし、経典類所蔵リサーチの結果、数十万巻に及ぶチベット木版経典の膨大な全書物の中には、破仏によって完全に消滅してしまったものが2割弱あるので はないかと推測されます。現在も、それらの散逸した経典を一枚でも多く収集保存しようと、世界中の所蔵者を訪ね歩き、リサーチを続けています。

 タルタン・トゥルク・リンポチェとダルマパブリッシングのスタッフ の惜しみない努力と、長い年月を経て行われた仏教経典の開版や仏画の復刻は、チベット亡命僧たちと共に消失を免れた仏教の歴史でもあります。そしてチベッ ト大蔵経・蔵外経典としてつづられたこの地球の知的財産とも言うべき貴重な書物は、時間や空間を超えて人類の意識を開き、ともに平和に暮らしてゆくことが できる方法を示す道標と言えるでしょう。